「スクリーン・(アンチ?)ヒーロー」

 親が共働きで、一人っ子だったわたしは、何かあると車で十分ほどの叔母夫婦の家に預けられた。叔母は専業主婦だったので。例えば、両親の結婚記念日の旅行や、町内会の集まりの時、わたしが風邪を引いた時、あるいは理由を告げられないまま。わたしは、叔母の家では一階の和室でよく過ごした。八畳間で、床の間もついていた。叔母は呼んだらいつでも来てくれたけれど、たいてい隣のリビングで何かを作っていた。何かというのは、祖母にあげるための着物の布を使ったバッグだったり、わたしに披露するためのお話だったり、ペーパークラフトの謎のお城だったり、食パンにつける甘い栗のクリームだったりした。彼女がわたしのことをほったらかしにしていたわけではなくて、わたしのほうが誰かが長い時間同じ部屋にいるのを嫌がったのだと思う。叔母は優しい人物だったし、わたしは小さい頃、そういう子どもだった。
 部屋に西日の差す時刻になると、時折り面白いことが起こった。病気で布団に寝かされている時に多かったかもしれない。もう治りかけで横たえた体を少し持て余している時、熱が高くてぼうっとしてなんだか息が苦しいさなか。淡く(しかし強い光で)オレンジ色に染まった障子窓に、犬と狐が登場するのだ。踊るように動く二匹、動くたびに伸び縮みする耳や鼻先。無言で仲良く遊ぶ二匹を見ているのが、わたしは大好きだった、のだが。
 ある時、二匹が何か悪巧みの相談をしている最中に、リビングの戸棚が開く音が聞こえてわたしはびっくりした。障子とは反対側のふすまから叔母は部屋に入って来て、見た時にはもう犬も狐もいなかった。わたしは密かに──叔母には気付かれなかったと思う──混乱した。そもそも、二匹は同時に現れていた。犬は両手を使うのだ。にもかかわらず何も思わずに叔母が影絵をやっているのだとわたしは考えていたのだろうか? そうかもしれない。わたしは叔母が好きだった。叔母の家の部屋であるその和室も、和室の障子窓にやってくる二匹も好きだった。その後もわたしは五度、二匹を見た。
 わたしは大きくなって、少しお喋りになった。人と一緒にいるのにもずっとずっと慣れた。けれど、犬と狐のことはあの頃のまま、いや、少しぼやけた記憶として、わたしの胸の中にある。