「裏山のはて」

 そこは地球上、さらには日本、というか子どもの頃から慣れ親しんだ勝手知ったるうちの裏山だったのだが、夜だったのもあったのかもしれない。夜中にふらふらしていて、たぶんほとんど頂上の──大した山ではない──木も何もないはずのその辺りで、ドンッ! と当たった。
 くらっときて、混乱した頭で口走っていた。「ああ、すみません。だけど、もしかしてあなたは……」
 我に返り、何を言っているのか自分はと思った時、
「はて」
 と、答えた。まさか。「それって宇宙の……」
「はて?」
 それはこちらのセリフなのだった。
「ちょっと、退いてみてくれませんか」
 言ってみた。相手はなにやら大きく広いような、そんな感じだった。その割に声は小さい気がしたけれど。深いかどうかは分からない。その向こうが見たい。いつもの山の道の続きではないはずだ。見れば分かる、だろう、きっと、しかし。
「はて」
「ちょっとでいいんです」
「はて」
「お願いです。後生ですから」
「はて」
「あっ……、後生、があるのかもしれませんね、その後ろ」
「はて」
「でも。ここまで来たんだから見たいんですよ。怖いですけども」
「はて」
「なにとぞ、なにとぞ」
「はて」
「この通りです」
「はて」
「誰にも言いませんから」
「はて」
「ほんとに言いふらしたりしません。僕は日記なんかも書きません」
「はて」
「どうか……」
「はて」
「どうしても駄目でしょうか?」
「はて」
「諦めませんよ」
「はて」
「何か条件があるのなら、大抵のことでしたら飲みます!」
「はて」
「どうしたら退いてもらえるんでしょう」
「はて」
「やはり僕自身がその方法を探し出すべきなのでしょうか……」
「はて」
「あの、ヒントとかって……」
「はて」
「ですよね」
「はて」
「あ、もしかして、ご自分でも退き方をご存知ないとか!」
「はて」
「その、はて、以外は喋ってもらえないのでしょうか」
「はて」
「明日また来たところで、もういらっしゃらないんでしょうね」
「はて」
「今日はまさか、僕に会いにここへ? なんて思うのはとてもずうずうしいことなんだとは思いますが、奇遇ですよね。千載一遇って感じですよね。僕としてはぜひいっしょにお茶でもしませんかっていいたいくらいなんですけど、ここらへんの店は閉まってるんです、この時間。もちろん少し遠出するくらいなんでもないですし、よかったら、あなたがもしよかったらですけど僕の家に来てもらってもすごく光栄なんですけど、でもそれじゃほんとにずうずうし過ぎますよね。すみません、なんだかもうすごく感動しているんです、もしかしたらそうは見えないのかもしれませんけど、こう見えて月とか星とか見るの好きなんですよ。遠くが好きなんです。今日もここに来たのはほら、これ望遠鏡です、そんなにいい望遠鏡じゃないので、そんなに遠くまでは見えないんですけど、いいんです。軽いし。それに、灯台下暗しってあると思うんですよね、案外すぐそばにまだ見つけてないいいものが、いえ、すばらしいものが、あるんじゃないかって、常々思っていたんです」
「はて」
「これからどちらへ行かれるのでしょう」
「はて」
「ご存知ない?」
「はて」
「ああ。あなたは、ほんとに宇宙の──」
「はと」
「あ」
 濃い夜闇の中を鳩がばたばたと飛んでいったのが、見えた。