「鳩と豆電球、電信柱の上に鴉」

 一ヶ月、電柱の陰で何をしていたかと言えば、電柱の観察だった。ぴったりと寄り添ってなめるように観察……していたわけではなくて、道を挟んで少し向こうの、別の電柱の観察をしていた。ほっそりとした、きれいな電柱だった。対して、私が寄り添っていた電柱は、太かった。そこそこに年季が入っており、無愛想だった。私はそういうやつを選んだのだ。観察する方の電柱は、むしろ何でも良かった……と言ったら言いすぎだが、まあ、そうだ。どんな電柱も観察する価値がある。けれど細くては身を寄せているのに心もとないし、やたら調子のいいやつは好きじゃない。一ヶ月と言ったが、この一ヶ月のうちの実に半分を、私と相性の良さそうな電柱探しに費やした。その電柱が見つかって、観察は順調に進んでいった。
 ある日、電柱がしゃべりかけてきた。私の寄り添っていた、無愛想な電柱だ。最初は天気の話だった。私と電柱はぽつぽつと喋ったり喋らなかったりしていた。私とこの電柱は合う、とここまでは思っていたのだ。
 電柱は呟くように言った。
「はずかしいな」
「何がだよ。お前がはずかしがることなんて、ないじゃないか」
 私が観察しているのはあくまで向こうの細い電柱なのだ。しかし、
「違うよ」
「違う?」
「言いにくいな」
「言えよ」
「ここに、俺の足元に、あんたがいるってのが、ちょっとはずかしいんだ」
 何とも答えようがなかった。私には電柱の価値観はちょっと分からなかったからだ。しかしそれ以上詳しく聞かなかった。
「そう……」
 それが一ヶ月の最後の日だった。こうして私の電柱の観察は終わった。ぶらりとしばらく歩いて時計を見た時、午後の三時半だった。