いつかにわとり豆になる

「期限切れの言葉」


 ネズミはがさがさといい、私を起こす。私は電気をつけない。ネズミ捕りを避けてクローゼットと壁の隙間へと急ぐ。突き当たりの壁を突き抜けると白銀の世界。目映さに目を閉じる。暗やみの中、ペンギンたちが緩やかな列になって歩いていく。ケープペンギン。目を閉じる前はコウテイペンギンだった。もう目を開けても暗く、ケープペンギンだ。海へ、海へ。海ではないのかもしれない。ペンギンたちは歩いていく。砂の上を。砂たちは走っていく、別の砂の上を。すぐにペンギンは砂たちに追い抜かれ、現れた海に次々と落ちる。ペンギンたちは海を泳いでいく、スマートに。海たちはがむしゃらともいえる泳法で泳いでいく、海へ。あまり泳ぎの得意でない海に足を取られ体を取られ、ペンギンたちは引っくり返る。そしてウサギになり、白い体を浮かべる。ところがウサギたちはウサギになる暇もなく、月になるのだ。いくつもの月が海に浮かぶことになった。いっそ一面を埋め尽くしてしまうほどの月が海面に浮いていたらここが月ということでいいのに、水面には充分な隙間があり、月夜の海に夜が来る。また夜が来る。水面は夜と月とがよりくっきりとする。さらに夜が来る。火星からも夜は来る。木星からも、ガニメデからも、イオからも来るが、たくさんある月から一番来る。海面に、集まった夜たちは重たく、お愛想にさざなんでも、月たちは海のことなど忘れてしまったように応えない。重たい! 重たく重たかったのだ。水面の落胆は月と夜の境界に濃く落ちる。とても濃く、落胆色とは呼べないほど深く濁っている。たくさんの夜とたくさんの月とたくさんの落胆。海はもうどうにもならない。それからはいろんなものが来た。海に、砂浜と同じくらいいろんなものがたどり着く。もちろん砂浜も来た。いろんなものをたどり着かせたままの砂浜。もうよくわからない。夏が来た時、何かがクラゲになった。クラゲの多数の白色は海水の多数の色に溶け込み、濃落胆色の濁りが薄まる。沈む。浮く。途中で私の足を刺す。
 いたい。
 目映さに目が覚める。外で木ががさがさという。ネズミ。白い一匹だけのネズミが煌々とする。