「瓢箪堂のお題倉庫」から(たびたび)

「最後の楽団」

 その国は小さかったけれど昔から音楽が盛んだったし、代々の王様は音楽を愛し、音楽家というものを大切にしたから、国には多くの素晴らしい音楽家、音楽教師、楽器職人が育った。至るところに音楽家がいた。六歳のバイオリニスト、そして九十六歳のバイオリニスト。台所からはシチューの中の人参までもうっとりさせる鼻歌が聞こえ、裏庭からは大人も飼い犬も眠ってしまう子守唄が響いた。街は、ト音記号ヘ音記号で溢れ、観光客は目よりも耳を楽しませにやってくるのだった。
 さてさてところが今度の王様は違った。歌より団子。さっぱり音楽を解さない。おいしいものを食べてのんびり昼寝するのが無上の喜び。国民にも昼寝を勧め、素晴らしい料理人を育てるべく、また食材を育むべく尽力したけれど素敵な子守唄のことなんかは知ったこっちゃない。王様にとって音楽はやかましく、昼寝を邪魔するものでしかなかった。王様の式典にはファンファーレだって必要ない。
 王様は街という街から音楽家を追放してしまい、街は静寂に包まれた。人がごっそりと減ったので、街は本当にすっかり静まり返ってしまった。王様はぐっすりと昼寝し、観光客たちはどうしたことかとびっくりした。
 そんなとある日の昼下がり、この国に再び音楽が鳴り響いた。美しい旋律は風に乗ってどこからともなく、しいんとした通りを軽やかに渡って行った。いったいどこから?
 誰もそれを取り締まろうとしなかった。久しぶりの音色にうっとりと身を浸す。みな音楽が大好きだったのだから。そもそもお城が音源だった。演奏は一時間三十分続き、昼寝から目覚めた王様の耳にもその音色が届いた。
「はて。これは一体何事だ」
「何でございましょう」
 執事は空とぼけた。
 音源を探して王様、たどり着いたのは城の中で一番見晴らしの良い塔のてっぺん。逆光で見えにくかったけれど、そこには揃いの白い制服で楽器を構える十数人の人間がいた。
「やめいやめい。お前たち何奴だ。わしの城で何をしている」
「おそれながら王様、コック長でございます。今度の王様のお誕生日にお出しするメニューを練っておりました」
 そう答えた声は、確かに食事時にいつも聞くのと同じ声。
「メインは魚料理が良いな。スズキ……」
「かしこまりました」
 コック長は深くお辞儀をする。
「デザートは何にいたしましょう」
 別の元気な声が言った。
「アイスクリーム」
「腕によりをかけてお作りいたします!」
「ふむ。ところで、わしは音楽家はみな国から追い出したはずだが」
「おそれながら、ここにおりますのはみなお城のコックとパティシエとソムリエでございます」
 ふたたびコック長の声が答えた。
「ふむ」
 王様は追放した音楽家を呼び戻しもしなかったが、コックたちを追い出しもしなかった。
 それからというもの昼下がりになると、静かなこの国に毎日素敵な音楽が流れるのだった。



「偽物の世界」

 偽物の世界は厳しいんだ。入り込むのはわりと簡単。大抵ひょっこりと入り込むのだが、のうのうと偽物をしているといつの間にかれっきとした本物の偽物、いや偽物の本物? やっぱり本物の偽物か? になってしまって、偽物の世界からは除けられてしまう。かといってのらりくらりと中途半端を通せば本物の半端ものとして認定されるからやはり偽物の世界からは除けられる。
「見ててください、俺、きっとなんとかやってみせますよ」
 だめだ。そんなしっかりしたことを言ってちゃ、全然だめだ。既にだめだ。
「ええっ、さっき入り込むのはわりと簡単っつったじゃないですかー」
 偽物の世界は厳しいんだ。



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タイトルはまたも五十嵐さんところから。
偽物の世界、って偽物たちのいる世界っていうのと、世界が偽物っていうのと二通りあるんだ、とついさっき。前者ばかり思っていた。