結晶

「あら?」
と、武藤さんが言った。
「まあ、まあ!」
 感嘆詞を続けざまに、武藤さんのスプンには、コーヒーと共につぶれたラグビーボール型の、キャンディみたいな塊──もしかしたらキャンディ──が載っていた。
「ぶどう飴かしら」
「い、入れてませんよ」
 ためらいなく口に入れて、
「あまくないわ」
と、ちょっともごもごさせながら武藤さんは言った。
「ぼくは、入れてないですよ!」
 なんだか分からないが慌てている自分のことばは弁解めく。
「分かってますわよ。最初から入っていたら、お砂糖を混ぜたときに分かりますでしょ?」
 自信たっぷりな物言いに、
「砂糖を溶かして、しばらくすると、コーヒーの中にはぶどう飴ができるんでしょうか」
 棒読みのセリフのような言葉で答えてしまう。
「あまくないのよ、これ。味がしないの」
 失礼、と言って、スプンに口の中の紫色の塊を戻してじっとみつめる。「どうしましょう」
 それはぼくのことなどまるで頼りにしていない口調だったので、ぼくは黙っておいた。それから武藤さんの顔を見た。





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タイトルは「500文字の心臓」第106回競作より