「あおぞらにんぎょ」

 雪たちが着々と降り積り、三日分の子どもたちの期待、大人たちのため息、子どもたちのため息、大人たちの期待が積り、四日目、前夜の天気予報のとおり晴れ渡った朝、彼女は産まれ、雪と同じ音を立ててひとり落ち降った。祝福はなく、かと言って邪険にされたわけでもなく、それどころか大人たちも子どもたちも、生みの親であるはずの空までも彼女の誕生に気付くことはなかった。運命を共にするはずの、きょうだいの雪たちだけが知り、彼らのやわらかさで以って彼女を受け止めた。
 誕生おめでとう。
 彼女は三日降り続いた雪空の末の娘だ。



 雪解けの水の音、雪玉のぶつかってはじける音、スコップで掬われては山にされる音、屋根から滑り落ちる音、靴型の押される音。兄、姉たちは形を持ち、変え、音になり、姿を隠す。妹もまたそれに習おうとするが、好奇心が勝る。
 そもそも彼女には形がない。彼女は、素晴らしい速度で、きょうだいの見守る世界を泳ぎ回り、手を触れる。
 靴の中に冷たい水のしみてくる憂鬱。
 緑の葉に白を乗せたうつくしさと愛らしさとあまりの重たさ。
 重みで枝を折ってしまう取り返しのつかなさ。
 三日前の遅刻の反省。
 世界の色が変わること。
 形も変わること。
 つらら。
 それから、あとは何があった?
 春が来る頃に、彼女は消えてしまう。
 きょうだいたちの隠れ方を彼女も覚えるのだ。




「500文字の心臓」第101回タイトル競作:あおぞらにんぎょ